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ゆきわり草9月号

2024年8月30日(金)

よのなかは むなしきものと あらむとぞ このてるつきは みちかけしける


  万葉集の一句です。美しい月の満ち欠けは、まるで人生の虚しさを示すようだ、と詠まれています。この句は奈良時代・聖武天皇の治世に、謀略で自害に追い込まれた長屋王の悲劇を題材にしたものといわれています。


 当時、政権中枢で権力を握っていた藤原不比等が亡くなり、次の権力は藤原家から天皇の側室になっていた光明子の子どもに託されることになりました。しかし光明子の子どもはわずか1歳で亡くなり、藤原家は後継者不在の危機に陥ります。光明子を皇后に昇格させるという窮余の策を打ち出しましたが、当時、天皇家出身以外の女性が皇后になることはタブーで、それを強く主張していたのが長屋王でした。長屋王を権力の中枢から外し、光明子を立后させたいと考えた藤原不比等の息子たち 4人は、長屋王の陰謀をでっち上げて強引に謀反を成立させ、長屋王を自害に追い込みました。そして光明子は光明皇后となり、藤原氏は権力を取り戻します。長屋王の悲劇を目の当たりにした作者はしかし、万葉集では「よみ人しらず」として匿名にしなければなりませんでした。長屋王に同情していることすなわち、反藤原勢力とみなされてしまうことを恐れたためです。


 さて、それから約1300年後の昭和51年、荒井(当時)由実さんは「十四番目の月」という楽曲をリリースします。サビの歌詞は「次の夜から欠ける満月より、十四番目の月が一番好き」。恋が成就する満足感より、彼の気持ちがどちらに転ぶかわからずドキドキしているときのほうがいい、という内容です。満月になって満ち足りるということは、翌日から必ず欠けていくということ。それよりも、これからまさに満月に向かっていく、という一歩手前のタイミングが最高なのだというのです。ユーミンは自分の楽曲に関して「何百年も経って自分が忘れられても、曲だけが“よみ人しらず”で歌い継がれていることが夢」と語っています。これから更に1000年の後、未来の人々は同じ「よみ人しらず」でも、月に「虚しさ」を見た奈良の歌人と、月に「未満であることの夢」を感じた昭和生まれのミュージシャンに、どのような評価を与えるのでしょうか。


 2024年の中秋の名月は9月17日とのこと。その一日前に「十四番目の月」を見上げながら1000年後の空に思いを馳せてみましょう。

                                         

                                                                                            園長  永井 洋一

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