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「甘え」の意味と価値(ゆきわり草5月号)

2018年4月30日 尾﨑 春人


「甘え」という言葉に世界が注目し始めて相当な年月を経ました。提唱者の土居健郎が「『甘え』の構造」(弘文堂)の初版を世に出したのが昭和46年、47年昔のことになります。

当時すでに西欧流のしつけと個人の自由と自立が家庭から学校教育の現場まで浸透していましたから、「甘え」という言葉を耳にしただけで「“甘えんぼう”・“甘ったれ”」と連想して否定的に感じていた人が多かったような記憶があります。 私自身は在米中(69~71年)にコロンビア大の教授や大学院生からDOIという名の精神分析医について尋ねられた程度でしたが、帰国後の72年頃名著に目を通す機会に恵まれました。

土居健郎は2009年に89才で他界されましたが、再版された上掲の著書や「続甘えの構造」、和田芳樹の「甘えの成熟」(光文社)などのページを開くと、今更のように甘えという人間の業(さが)に興味の湧くのを覚えます。

その最大の理由は、「甘えの構造」の平成19年版のカバー裏の一節〝甘えの心性が失われ(中略)―なぜかくもぎすぎすした世になってしまったのか―に共感し、是非「甘え」を話題として子どもの保護者の皆さんとごいっしょに考えたく 成りました。

先ず初めは「甘え」という語いに世界の人々、特に土居がどの様な意味を付与しているかが気に掛かります。土居は、日本語には甘えの心理を示すものとして多くの言葉が使われているといいます。「たのむ」、「とりいる」「こだわる」などです。 ドイツ人のドアーは、日本語の「たのむ」は、英語のto askとto rely onの中間の意味をもち、相手の好意とはからいをも期待しているとみて、相手に「甘えさせてほしい」といっているに等しいと解釈しています。

「すまない」という言葉ですが、ベネディクトが示すような、相手の親切に対してすぐ返礼すべきところできない心理と考えるより、土居は相手の親切に対して単に感謝するだけでは足りなくて、相手に迷惑をかけたことに対し、すべきことも できなくてという意味で用いることばであろうと説明しています。(同書49~50ページ)

別の事例ですが、現在飼育中の6匹のモルモットの家族をごらんになる機会を思い浮かべて下さい。ケージの中を走り廻る姿はほほえましく可愛らしいものです。子どもに限らず大人までが近づいたら直接触れてみたい衝動を感じるでしょう。 土居が紹介する「ソロモンの指環」(ノーべル賞を受賞した動物行動学者(コンラート・ローレンツ著日高敏隆訳)で紹介されるコクマルガラスの愛らしい情景です。原文で「魅惑的なほど依存的」と意味する部分を甘えと訳されたことを、正に 甘えの本質を言い当てていると評価しています。

さて残るのは甘えの価値についてです。今の子どもたちが成長した時代は、社会も生活も変わります。市の会報によれば20年後には現在栄えている職業の60%以上が姿を消し新しい業種名称に変わるであろうと予想されています。 現代の子どもたちは様変わりした制度や設備で生活を余儀なくされることは確実のようです。

そうした時代だからこそ未来の、世相に対応できる豊富なアイデアと技能を身につける一方、優れた仲間や先輩と上手に依存し合う人柄がなくては成功はおぼつかないと考えられます。

優れた力量をもつ人は、複数の仲間を呼び寄せるのが上手で、しかも自分一人の時よりも成績も能率も製作品の出来ばえも向上する傾向がみられることは、私達の実験でも認められています。


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