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ゆきわり草1月号

2022.1 園長 永井 洋一


奈良・法隆寺にある玉虫厨子には捨身飼虎図が描かれています。釈迦の前世・サッタ王子が、獲物にありつけず餓死寸前になっていた母虎と七頭の子どもたちに、自らの身体を与えて命を救う物語です。釈迦の慈悲に救われた虎の母子はその後、輪廻転生で人間に生まれ変わり、サッタ王子が転生した釈迦の弟子となって、その教えを広めたとされています。

古来、虎には人知を超えた霊力があるとされてきました。日本書紀には高句麗に留学した僧が虎から霊術を伝授され、枯れた山を緑にしたり、荒地に水を湧かせたりする力を発揮したとする記述があるそうです。7世紀末から8世紀初めに作られたと推定されている高松塚古墳やキトラ古墳には、東西南北それぞれ青龍、白虎、朱雀、玄武が描かれています。虎は西側を守護する神聖な存在とされていました。

ちなみに壁画に描かれた虎が黄色ではなく「白虎」なのは、虎が護る西側が陰陽五行説では金(ゴールドではなく金属というイメージ)の属性を持ち、金属が光を反射して輝く様子を示す白をシンボルカラーにしているからです。ですから陰陽五行説によれば、滅多にいないホワイトタイガーは最も神聖な動物ということになります。

このように長い間、その霊力を畏敬の念で見られてきた虎ですが、21世紀の現在、それは絶滅危惧種に指定され、人を護るどころか人に保護される存在にかわっています。20世紀初頭には30カ国近くに10万頭以上いたものが、今や11カ国に2000頭~3000頭しか存在しないとされています。森林伐採による生息地の減少、装飾品(毛皮など)あるいは漢方薬(骨など)の需要による密猟によって激減してしまいました。

今、虎は種として瀕死の状態にあります。捨身飼虎図に示されたことが、まるで現代の世相に合わせて再現されたかのようです。かつて釈迦の前世が自らの身体を差し出して虎を救ったように、今、再び人間は我が身を差し出してでも虎を救えるでしょうか?

捨身飼虎図は、困難に窮しているものを見た時に「かわいそう」と思うだけで実際に行動しないことを戒める教えと言われています。寅年の2022年、捨身飼虎図で釈迦が教えている「実際に行動することの意義」を、絶滅危惧種の救済にとどまらず、万物が抱える全ての苦難、困難に手を差し伸べる原動力として考えていきましょう。


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